【現地ルポ】東日本大震災 取材日誌17    4月14日

(このレポートは仙台でパチンコ業界誌「フェイム」を発行している、ほくとう通信社の代表、友道学氏に寄稿していただきました。友道氏は地震発生時、群馬にいて難を逃れ、14日に事務所のある仙台に入りました)

 

関連記事

 

取材日誌1(3月15日)

取材日誌2(3月17日その1)

取材日誌3(3月17日その2)

取材日誌4(3月18日)

取材日誌 番外編

取材日誌5(3月19日)

取材日誌6(3月20日)

取材日誌7(3月21日)

取材日誌8(3月22日)

取材日誌9(3月23日)

取材日誌10(3月24日)

取材日誌11(3月26日)

取材日誌12(3月30日)

取材日誌13(4月4日)

取材日誌14(4月6日)

取材日誌15(4月8日)

取材日誌16(4月10日)

取材日誌17(4月14日) 

 

 

4月14日


  11日から岩手県に入りました。数人のパチンコ店のオーナーとお会いし、被害の実態や今後のことなどについて話を聞いています。いずれも、当初は店舗のことなど考えている暇などなかった、まずは命があるだけの幸せ、家族の生存、従業員の安否、親戚縁者の生存、友人知人らの生存確認で、お店の実態は目にしても何の感傷も起こらなかったようです。「安否確認がひと段落してようやく店舗へと足が向いた」と皆さん話しています。

 


  中でも、陸前高田を拠点に岩手県内に3店舗、青森県八戸市に1店舗を経営するとともに、カラオケ店を東北各地に60店舗展開している株式会社村上商事(村上正彦社長)は、パチンコ店4店中2店が全壊。カラオケ店は35店が被害を受けました。これほど大きな被害を被ったにも係わらず村上社長は、当初から一人でボランティア活動を開始。避難所暮らしをしている人や高齢者の避難先等を回って、必要な物資の調達から避難者たちの苦情処理や要望等を行政に届けるメッセンジャー役までこなし、連日走り回っています。

 

「地震があった時は、盛岡市の県遊協で理事会に参加していました。大急ぎで陸前高田に戻ったのですが、車中のラジオで大参事であることを知り、家族や店に電話しても通じなく、不安が募りどのような道を通って来たのか覚えていません。途中、倒木が道を塞ぎ、何度も迂回したり、木をはね退けて陸前高田まで戻りました。町の入口に来ると、既に交通規制が敷かれており、地元の者だから通してって何回言ったことか。ようやく戻れたって感じでした」

 

上記写真いずれも石巻市で撮影。多くのパチンコ店の駐車場は、被災者たちの支援物資供給場所となっている
 


「陸前高田に着いて町の変わり果てた光景を目にした時、戦慄が走りました。怖かったです。自宅と店はなくなってしまいましたが、家族や親族が無事であったこと。お客さんは全員、店から退店していたこと。従業員が無事だったことなどを聞き、ようやく一安心したら、涙が溢れました」

 

変わり果てた自店の前に立つ村上正彦社長

 


その後は、避難所に数日いたようですが、本家が無事であったことからそちらへ移り、避難者たちの救援活動を続けている。
「北上や一ノ関、盛岡などから食料や生活用品などを買い求め、避難した人達へ届けに回っていますが、町に入るところで必ず止められ、職務質問を受けています。また、避難している人から辛辣な言葉を聞くこともあるが、じっと我慢しています。救助の方が先決ですから・・・」

 

辛辣な言葉は、陸前高田で一番大きな企業である同社のいわば有名税的な言葉と受け流しているようですが、「普段は、パチンコ屋が何だ!って批判的な人が支援物資を受け取り、あんたしかできることでない!って応援されたり、逆に普段は私の理解者のような近い存在にいた人が、金持ちの目立った行為!と批判的なことを口にしたりとそれぞれですが、私が個人で避難者たちへの支援活動をやっているのは、自分の故郷である陸前高田を、町の人を何とかしたい。また村上家の総領として親族を守らなくては。この一念に尽きます」と今日も避難所と近隣市町村の間を走り回っています。

 

清原氏、九重親方の慰問を知らせる掲示物。二人に付き添い遊技機販売会社フィールズ・山本英俊会長の姿があった
 

 


村上さんの着衣は支援物資の供給品。入浴は1回しかしていないようだが、「有難いですよ。私のカラオケ店『クレヨン』で衣料品の支援をお願いしたところ、何百人分の衣料品や靴が集まりました。人の温かさが身にしみます。現在、避難している人達が一番求めているのが、格安で即日に乗れる中古車と働ける場所。私も一日も早く店を再開させ、就業を希望している人達を受け入れられるようにしたい」と明日への希望を語っています。
 

 

陸前高田(ネットでは“リクタカ”と言われています)と大船渡を併せた気仙地区には、パチンコ店が11店舗あります。そのうち、壊滅的な被害を受けたのが8店舗。中には再開をあきらめている店舗もあるようです。自然の脅威ですが、あまりにも惨すぎる現状です。

 

業界誌『フェイム』ほくとう通信社 友道学

 

 

関連記事

 

取材日誌1(3月15日)

取材日誌2(3月17日その1)

取材日誌3(3月17日その2)

取材日誌4(3月18日)

取材日誌 番外編

取材日誌5(3月19日)

取材日誌6(3月20日)

取材日誌7(3月21日)

取材日誌8(3月22日)

取材日誌9(3月23日)

取材日誌10(3月24日)

取材日誌11(3月26日)

取材日誌12(3月30日)

取材日誌13(4月4日)

取材日誌14(4月6日)

取材日誌15(4月8日)

取材日誌16(4月10日)

取材日誌17(4月14日) 


 

 

2011.04.15 更新

NSPドクター
月刊「娯楽産業」電子版はこちら
Goraku Special Report

全国遊技場名鑑

2021年 西日本編
全国遊技場名鑑 西日本編
2022年東日本編
全国遊技場名鑑 東日本編
購入・年間購読申込み
大阪元町パチンコ関連業者マップ
ホームに戻るページの先頭に戻る