【現地ルポ】東日本大震災 取材日誌14    4月6日

(このレポートは仙台でパチンコ業界誌「フェイム」を発行している、ほくとう通信社の代表、友道学氏に寄稿していただきました。友道氏は地震発生時、群馬にいて難を逃れ、14日に事務所のある仙台に入りました)

 

関連記事

 

取材日誌1(3月15日)

取材日誌2(3月17日その1)

取材日誌3(3月17日その2)

取材日誌4(3月18日)

取材日誌 番外編

取材日誌5(3月19日)

取材日誌6(3月20日)

取材日誌7(3月21日)

取材日誌8(3月22日)

取材日誌9(3月23日)

 取材日誌10(3月24日)

 取材日誌11(3月26日)

取材日誌12(3月30日)

取材日誌13(4月4日)

取材日誌14(4月6日)

 

 

 

 

4月6日

石巻市元倉

 


 早いもので、明日からは新学期です。宮城県は、各地域により違いはあるものの、新学期を4月11日〜5月9日の間に行うまでになりました。新小学1年生は殊の外、楽しみにしている小学校入学。遅ればせながらも日程が決まり、被災地にも春が訪れようとしています。一方、被災地では復旧作業が懸命に進められており、現在は行方不明者の捜索と並行して、瓦礫の撤去作業が急ピッチで行われていますが、瓦礫の量があまりにも大量(宮城県の通常時における処理量の23年分に相当)なことから処分はもとより、撤去も思うように進んでいないそうです。そうしたことから、各自治体では瓦礫の撤去作業に従事するボランティアを急募しています。ボランティアでの傷害保険は各自治体が負担してくれるとのこと。いよいよ遊技業界ボランティア隊の出動時期がきたようです。また、遊技業界関係者・関係団体の総力を結集して行動すべき時が訪れたと期待しているところです。

石巻市元倉


  遊技業界を狙った怪文書とでもいうのでしょうか、宮城・岩手・福島・茨城・千葉・神奈川・東京・栃木・群馬・山梨・埼玉の各知事並びに菅直人内閣総理大臣連名による通達文が該当する業界団体や都県遊協へ送られているようです。内容は、「原子力発電所の爆発事故による計画停電において、パチンコ店1店の1日の電力消費量が一般家庭1000軒分に相当することから、電力消費量が増える6月から10月期を前に、4月3日から来年3月31日までの間、当該都県の全てのパチンコ店は、ソーラーシステム設置店以外は営業を休止する、休業命令を日本政府が発動したので、即日実施しることを通達する」といった内容のもの。

 

「もし、実施しなかったり、無断で営業を再開したパチンコ店については、各自治体と政府が差し押さえ、全ての従業員を懲戒解雇する。パチンコ店は被災地に従業員のボランティアを最大2ヶ月間派遣すること」等も命じています。

 

この通達文は表題もなければ、公文書発出番号もなく、極めつけは菅首相の漢字が“管”となっていることです。雑駁な文章、稚拙な手口ではありますが、脅迫行為ともとれることから、業界団体では警察庁に報告し、対処の仕方を検討中ということです。

石巻市元倉


この大惨事に乗じて“魔女探し”的な悪人作り・悪人刈りは関東大震災当時の風評による大暴動事件と同じで、人間の張り詰めた精神状態が続いたり、強いストレスを受けたりすると起きる、異常な精神が生み出す悲しい行動のように思えます。この他にも、遊技業界への批判的な投書や風評が目立ってきましたが、こうした風評被害から身を守るためにも遊技業界は情報を公開し、「国家と共に」ではなく「地域と共に」存在する業界の姿勢をより鮮明に打ち出すべきではないでしょうか。

 


さて、業界関係者から情報をいただきました。その人は、補給システム機器メーカーの社員さんです。3月11日に起こった巨大地震と大津波により、3日間に渡りパチンコ店立体駐車場で孤立を余儀なくされ、3日目に自力で水の引けない街から無事脱出した人です。当日は、宮城県石巻市元倉で県内の大手パチンコチェーン店がグランドオープンに向け内装工事を行っていました。店内には100名以上の施工業者やホール関係者が作業をしていたようです。地震直後に全店が停電となり、作業が中断。ホールスタッフの呼びかけで全員が駐車場に集合。安全確認を行っていると、緊急避難を告げる放送が流れ、住民が山の手へ向かって走る姿を目にし、誰ともなく駐車場内に住民を誘導。間一髪で津波から身を守ることができたのです。その数は、総勢247名。中には、お年寄りや小さな子、車椅子に乗った人などもいたそうです。

 


「津波は人が走るより早く、スーっという感じで押し寄せました。旧北上川の決壊と逆流による影響で街中が津波に飲み込まれてしまいました」。(当日の夕刻、テレビのテロップには「石巻市元倉のパチンコ店で247名が孤立」と流れています。旧北上川の逆流は上流へ50㎞にも及んでいます。)
 

津波被害に遭った工事中のパチンコ店内部

 

また、店の工事責任者として陣頭指揮に当たっていたパチンコ店運営会社の営業本部長さんは「大津波警報で2階から6階の駐車場に避難するよう指示しました。2、3階の通路はシャッターが閉まるので、クルマも上に上げるよう関係者に言いました。しばらくして、住民の人達が避難のため高台を目指していたので、駐車場の階上へ誘導しました。地震から、どれくらいの時間が経過したでしょうか、余裕はあったと思いますが、しばらくして水が押し寄せてきたのです。第1波は50センチくらい、間もなく2メートル位にまで上昇しました。いよいよ危ないと思いさらに階上へ行き外を見ると、想像を絶する惨事が繰り広げられていたのです」と回顧しています。

 

津波被害に遭った工事中のパチンコ店内部

 


その後、店の上層階に避難した総勢247人は、関係者の自動車に住民は乗車し、ヒーターを付けて暖を。関係者は駐車場内に車座になって救助を待ったそうです。「大きな余震が断続的に続く真っ暗な中、火災で燃え上がる市内の光景を茫然と眺めていました」。
周囲が明るくなってきた早朝、施工業者の一部の人が勇敢にも浸水している外へ出て、救助活動に当たっている自衛隊に救助を求めたのですが、より緊急を要する人命救助が先ということなのでしょう、ゴムボートを預けられ戻ってきたそうです。関係者らは、このゴムボートに身体の弱い高齢者や子どもを優先に乗せ、まだまだ安全が確認されていない市中を高台に向け何往復も行き来して住民救助に当たりました。全員が自力で駐車場を無事脱出することができたのは、3日目の午前中ということです。
 

 

全員の安全確認をした本部長さんは「駐車場に避難した人達が一人もケガなく無事だったことが最高の喜び。スタッフの行動も冷静であり素晴らしかったですが、施工業者さんたちの勇気ある行動が、自主避難成功の大きな力となったことに、感謝でいっぱいです。恐怖との戦いの3日間でした」と話しています。生死を分ける恐怖との戦いの中、施工に携わった業界関係者の人々が、“人間として理性を失わず”対処した感動的な一幕ではないでしょうか。

 

業界誌『フェイム』ほくとう通信社 友道学

 

関連記事

 

 

取材日誌1(3月15日)

取材日誌2(3月17日その1)

取材日誌3(3月17日その2)

取材日誌4(3月18日)

取材日誌 番外編

取材日誌5(3月19日)

取材日誌6(3月20日)

取材日誌7(3月21日)

取材日誌8(3月22日)

取材日誌9(3月23日)

 取材日誌10(3月24日)

取材日誌11(3月26日)

取材日誌12(3月30日)

取材日誌13(4月4日)

取材日誌14(4月6日)



 

2011.04.07 更新

月刊「娯楽産業」電子版はこちら
Goraku Special Report

全国遊技場名鑑

2021年 西日本編
全国遊技場名鑑 西日本編
2022年東日本編
全国遊技場名鑑 東日本編
購入・年間購読申込み
大阪元町パチンコ関連業者マップ
ホームに戻るページの先頭に戻る