【現地ルポ】東日本大震災 取材日誌12    3月30日

(このレポートは仙台でパチンコ業界誌「フェイム」を発行している、ほくとう通信社の代表、友道学氏に寄稿していただきました。友道氏は地震発生時、群馬にいて難を逃れ、14日に事務所のある仙台に入りました。今回は福島県南相馬市からの避難者が生活している群馬県吾妻町の様子をレポートしていただきました。) 

 

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取材日誌12(3月30日)

 

 

 

3月30日

宿泊施設の一つとなっている『ふれあいの郷』

 


群馬県東吾妻町は、群馬県北西部に位置し、近くには四万温泉・河原湯温泉をはじめとする有名な温泉や地元に愛されている小さな温泉が数多く点在する山間の町です。ここに、福島県南相馬市から約350人の避難者が避難生活を送っています。同町では、東京都杉並区と友好自治体協定を結んでおり、杉並区が南相馬市との間で締結している災害時相互援助協定に基づき、杉並区を支援するため、同町の温泉施設『岩櫃ふれあいの郷』を開放しています。
杉並区が援助活動の拠点としているのが、同区が東吾妻町に建てたリゾートホテル『コニファーいわびつ』。この施設に3月17日夜、7台の大型バスに分乗して約250人の第一次避難者が疎開してきました。その後、最大406人まで避難者が増加したため、同町ではほかの2施設も開放して、現在では合計4施設に約350人が寝食を共にしています。
 

 

避難者の引率として同行してきた南相馬市役所小高区職員(市内で福島第一原発に最も近い地域)の松本弘樹さんは「原発の屋外退避勧告が30㌔圏内に及んだ時点で、20㌔圏内の住民を中心に、避難所からの移転を募りました。現在は約350名がお世話になっています。就学児童生徒が約30名いることから、東吾妻町さんにお願いして、地元の小中高校に転入・入学させていただく手続きを昨日いたしました。皆さん毎日の不安と闘いながらも、一日も早く自宅へ戻れることを祈っています」と話してくれました。また、避難者の中で、76歳のおばあちゃんは、「あのような大きな地震は経験したことがなかった。とても怖かった。テレビが倒れ、テーブルにあった食器や調味料がヨコに飛び散った。幸い家は崩れなかったので、後片付けをしていたら、放送で避難勧告を聞きました。おじいさんとクルマに布団などを積んでいたら、更に強い避難勧告が出て、急いで避難所の石上小学校へ避難し、その後続いてこちらへの移転。着の身着のままできたので、何も持ち合わせていません」と語り、お孫さんの入学式に参加するための着衣を買いに行くと、友人と宿泊所から町内の衣料品店へ出かけて行きました。
 

 

また、施設の外で一服していた25歳の男性は「双葉町で建物の建設工事をしていたところ、地震に遭った。柱が大きく揺れ、倒れ落ちてきたりクルマがヨコにずれてきたり。慌てて野原に逃げました。その後、津波が来るとの情報で、クルマに乗り海岸から遠ざかりました。家族と再会後は避難所暮らしで、今日までいます。将来のことを考えると、今お金を遣う訳にはいかないので、なるべく買い物はしないようにしています。仲間からメールで、地元で仕事の求人があると知りましたが、小さな子どもと女房を残してまだまだ危険が伴うところへは帰れないので、どうしたら良いのか・・・」と胸の内を話してくれました。
 

 

リゾートホテル『コニファーいわびつ』では、ちょうど小学生たちが体育館に集まっていました。「今日は南相馬市から避難している児童の小学校の先生が見え、子どもたちとお別れ会をやっています」と支配人の福村恭孝さんが教えてくれました。先生のリードで楽しく遊ぶ児童たちも最後は涙で先生とお別れ。先生も子どもたちを抱きしめ涙・涙のお別れ会となりました。
 

丸くなって、お別れの言葉を語り合う先生と児童

 

 

現在、この施設に仮住まいをしている人々は、杉並区が用意した3食の給食と温泉施設の利用ができることとなっていますが、避難者が独自に自治組織を作り、それぞれの役割分担で掃除や自炊を行うまでに組織化されてきたようです。大きな災難に直面しつつも社会性を保ち自立を図ろうとする南相馬市の人々の強さと頑張りが伝わってきます。「畳で寝られ、温かい食べ物、お風呂に入れる、それだけでも満足しています」とおばあちゃんが言った言葉は、感謝に溢れた一言でした。
 

 

 

 町そのものが津波で壊滅してしまった多くの沿岸地域にあって、福島県南相馬市や双葉町のように津波による被害より、原発事故による影響で生まれ故郷を離れなくてはならない地域の人達もいます。共に悲しみは尽きることのない出来事なのですが、ある部分において事故は自然災害とは異質の悲しみと、より多くの憎しみ、やるせなさを伴うものなのではないでしょうか。東吾妻町に避難している人々の元気にしている姿の中にも、そうした感情をどこにぶつけたらよいのか、明日が見えない恐怖との戦いの日が続いているのでしょう。

 

業界誌『フェイム』ほくとう通信社 友道学

 

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2011.03.31 更新

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